
ブランディングは「ダム建設」なんじゃないかと思った話
ブランディングを「ダム建設」に例えてみた
モノグサ マーケティングチームの菊池です。
カスタマーマーケティングとブランディングを担当しています。
普段、ブランディングについて考えたり議論したりしている中で、「これってダム建設に例えられるんじゃない?」と思ったことがあります。こういう思いつきを言語化するのはなかなか難しいのですが、今回はチャレンジしてみようと思います。
「ブランディング」って、ちょっと抽象的でわかりにくいところもありますよね。私自身、マーケティングの仕事をしている中でも当初、「ブランディングって結局、何をどうやることなんだろう?」と迷うことがありました。それに、取り組み方にこれといった正解がないのもまた難しいポイントだなと感じます。
今回のポイントは以下になります。
ブランドマネジメントの仕組みをゼロから立ち上げる際にどのように考えるべきか?
大規模な広告投資などを前提とできない場合にどのようにブランディングを考えてゆくのか?
部分の施策でなく統合的にブランディングを設計するにはどうしたら良いのか?

「マーケティング」「ブランディング」とは?
まずは「ブランディングってそもそも何?」という話から始めたいと思います。これについて、巷に溢れているオレ理論で大変恐縮ですが、私なりの解釈をお伝えします。
マーケティング:価値を生み出し、伝え、交換する一連のプロセス
ブランド:ステイクホルダーの頭の中で形成される、企業やサービスに紐づく全ての「連想」
ブランディング:その「連想」を意図的に作り出すこと
特に世の中で解釈の幅がある中では、私は マーケティング > ブランディング 、すなわちマーケティングが最も広義の概念で、その中にブランディングという概念があると捉えています。
マーケティングは「価値」そのものを取り扱うことが本質であり、売上をあげるためのコミュニケーションをすることはそのプロセスの一例にすぎません。
価値を生み出すプロセスとして事業や商品企画のためにコンセプトを作ったり、顧客の声を組織に届けることや仕組みを作り出すことも含まれていると考えます。
また、「交換する」という部分に関しても、対象はお金だけではありません。例えば選挙活動はどうでしょう。選挙活動においては「交換」は投票行動のことを指しており、一種のマーケティング活動だと考えられます。
ブランディングは、マーケティング活動による価値の蓄積によって頭の中に「連想」を意図的に作り出すことだと捉えています。その「連想」により、マーケティングの各プロセスの効率が高まります。
インナーブランディングが進めば、より独自性のある価値のアイデアがでてきますし、組織のエンゲージメントが高まることで離職率が減ることも「その組織に属する」ことと「給与や経験」という価値の交換をしています。
また、顧客向けのアウターブランディングが進めば、より価値は伝わりやすくなり、より高い価格の交渉力を得ることができます。
ブランドはみんなで作るもの
マーケティングもブランディングも広義で捉えると、広告やPRだけで作られるものではなく、会社全体の総合力で作られるものだと思っています。便宜的にチーム組成だったり、施策の目的を顧客獲得目的かブランディング目的かと分けることもありますが、顧客の視点では関係なく、すべての活動でブランドは構築されます。
たとえば、NIKEの「JUST DO IT」。これは感情に訴える広告やキャッチフレーズを軸にしたブランディングキャンペーンの成功例だと思います。
一方で、AMAZONはどうでしょう?広告よりも、「豊富な品揃え」「スピーディーな配送」「UIUXの使いやすさ」といった体験そのものがブランドを支えているように感じます。
また、スターバックスのブランド価値は、3rd Place(第三の居場所)というコンセプトに基づいた店舗体験や接客によって作られているのは有名ですよね。これも、店舗のデザインを考える人、運営をする人、そして現場のスタッフ全員がブランドを作る一員と言えるのではないでしょうか。
組織において軸足を置くポイントは様々です。
ブランド担当者の仕事って?
マーケティングもブランディングも会社全体で行うものですが、では「ブランディングチーム・担当者って結局何をどうするの?」という疑問が出てくるかもしれません。私もまだ模索中ですが、企業や所属するチームによって役割やブランディングの軸足がどこに置かれているかは大きく異なると感じています。ここでは、私が知るいくつかのパターンを挙げてみます。
ブランドマネージャー型
外資の消費財や飲食業界でよく見られる形です。ブランドマネージャーが事業のP/L責任とブランド構築の全体を統括するパターンで、ブランドが企業活動の中心に据えられています。この型は全体の一貫性が保ちやすく、理想的な形にも思えますが、IT業界など複雑なプロダクト開発では機能しにくい場合もあるかもしれません。
マーケティングコミュニケーション主導型
製造業やプロダクトマーケティングの領域で見られる形です。広告やプロモーションを中心にブランド価値を高めるスタイルですが、商品開発と切り離される場合が多く、時には「作られたものをどう売るか」に焦点が偏ることもあるかもしれません。日系企業で多いイメージです。
PR主導型
スタートアップなど、広告予算が限られている企業でよく見られる形です。広報活動を通じてブランドの価値を発信するスタイルで、外部への発信の一貫性を持たせたり、社会課題と接続した取り組みで認知や第3者発信による信頼性を獲得することができます。ただし、顧客体験そのものへの直接的な影響は限定的かもしれません。
デザイン主導型
ITサービス業界でよく見られる形で、デザイナーがプロダクト体験やWebサイトのデザインを通じてブランド価値を創出します。プロダクト体験においては大きな貢献を果たす一方、認知形成の文脈やそもそもコアの価値を生み出す部分との結びつきが課題になることもありそうです。
では、私の立場は? というと、マーケティングコミュニケーション主導型 に現時点では近いところにおります。ありたい姿としては、他のすべてのプロセスをお手伝いしながら、会社全体としてブランドマネージャー型の組織で実現されているレベルの一貫性に近づけたいなと思っています。

ブランディングはダム建設に似ている?
さて、ここからは本題の私が「ブランディングってダム建設みたいだな」と思った理由についてお話しします。価値が蓄積されていくのってなんだか貯水池っぽよね、と社内で会話をしていた時に以下のように例えられるのではないか?と思いつきました。
ダム建設に必要な要素をブランディングに置き換えると…
水を供給される人々:ターゲットとなる人々
ダム:ブランド
水:価値
水を運ぶ河川や水路:価値が生まれ伝わる経路(マーケ、営業、カスタマーサクセス(以下CS)、PR、プロダクト体験などあらゆるタッチポイント)
周囲の環境:既存の価値享受者や市場環境
ダムは顧客の頭の中に生まれる「ブランド=連想」そのものです。そして、そこに水(価値)を蓄えるには、河川(水路)を整える必要があります。これがうまくいかないと、一貫したブランドが形成されにくくなります。
要はブランド形成のために「ブランドのらしさを一貫性を持って伝えようね」ということではあるのですが、今回の例えではその際のより実務的な考慮事項を示すことができればと思います。

ダム建設のポイント
以下では、ダム建設の具体的な要素に沿って、ブランディング活動を整理してみたいと思います。 ちなみに、ダム建設に詳しいわけではないので細かい点でそぐわないことはご容赦ください。
1. ダムの設計図を描く:ブランドのGOAL設定
2. 水を引き込む仕組み:価値の流れを整備する
3. 環境への配慮:現状の価値提供を守る
4. 新しい水源の開発:革新的な価値の創出
5. ダムのメンテナンス:価値の持続的な管理
6. ダムの種類と戦略:マスターブランドからマルチブランドまで
7. 天候と市場環境
1. ダムの設計図を描く:ブランドのGOAL設定
まず、ダムは何のために、どこに、どれくらいの規模で作るのかを明確にしなければなりません。同じように、ブランディングでも最初に「どんなブランドを顧客の頭の中に作りたいのか」というゴールを設定することが欠かせません。
これには、以下のような「ブランドの核」となる要素を定めることが重要です:
ブランドアイデンティティ(ブランドの個性や本質)
ブランドエクイティ(ブランドの持つ価値や顧客にとっての資産)
バリュープロポジション(顧客への価値提案)
ブランドプロミス(顧客に約束する価値)
コアベネフィット(顧客への価値提供)
例えるなら、ダムの設計図を描く段階です。「このダムでどれだけの水を蓄えたいのか」「どの地域に供給するために作るのか」という具体的な目標を明確にすることが、後の全ての活動の指針になります。異なる言い方では『ブランドポジショニング』とも言えます。
色々な概念がありますが、どのモデルでも良いから議論を継続することが大事だと思います。
また、今社内で設定している概念が本当に芯を食っているのか? を問い続けることは必要だと思います。
Monoxerにおいては『記憶定着』と至る所で伝えていますが、本当にそれが価値を貯めていくGoalなのか? それを問い直し、再定義する作業をしています。
2. 水を引き込む仕組み:価値の流れを整備する
ダムに水(価値)を蓄えるためには、河川や水路が必要です。ブランディングにおける「河川」とは、企業が顧客に価値を提供するための活動そのものです。
例えば:
営業活動という名の川
CSという名の川
PR活動という名の川
プロダクト体験という名の川
これらの川が個別に流れ、最終的にバラバラに海へ流れ出てしまうと、ダムには水が蓄えられません。つまり、顧客に一貫性のない印象を与え、ブランドとしての価値が蓄積されていかない状態です。
既存の川では足りない場合
もし既存の活動だけでは十分な価値(=水量)を確保できない場合、さらに複数の川を束ね、効率よくダムに流し込む必要があります。各活動に一貫性を持たせることで、全体の水量を確保することができます。
このようにブランドダムにどのように既存の活動も含めて価値=水を引き込んでいくのかという設計が重要なのではと思います。
UNIQLOの例
UNIQLOですが、ヒートテックやエアリズムといった独立した川があります。これらが単体の商品価値で終わらずに、Lifewearという概念、Goal設定があるために、顧客の脳内ではヒートテックから得られる価値によりプロダクトだけでなく、さらにその先のLifewearというダムへ価値が流れ込んで貯まっていくことになります。
これは、Lifewearロゴを標榜するだけではダメで、Lifewear magazineなどの施策による印象があることが、ダムと川自体をつなぐ水路として機能します。
このように既存のリソース(河川)を利用して、いかにダムに価値を流し込むかという設計をすることが必要になります。
いろんな活動を社内でしているが、なんか一方向に価値が蓄積されていない気がする、、、という時はGoal設定とそこへの設計が間違っている(ポテンシャルを発揮しきれていない)可能性があります。
3. 環境への配慮:現状の価値提供を守る
ダム建設が周辺環境に影響を与えないようにすることが重要であるように、ブランディングでも既存の価値提供や顧客体験を損なわないよう注意を払わなければなりません。
例えば:
営業活動において、ブランド価値の蓄積と効率向上の両方が成し遂げられるか
現場スタッフや既存顧客に負担がかからない施策を選ぶ
カスタマーサポートが新しいサービス導入で負荷を抱えないようにする
これを怠ると、既存の価値提供が損なわれ、顧客満足度が低下してしまうリスクがあります。環境と共存しながら水を引き込む設計が求められるのです。
難しいのが、短期的にはその川の周りにいる人は大変Happyであるが、ダムに水が流れ込んでいかないケースです。これは割引などのプロモーション施策が該当するかと思います。
4. 新しい水源の開発:革新的な価値の創出
時には、新たな水路を開発して大量の水を短期間で引き込む必要があることもあります。例えば、新プロダクトのローンチや大規模なキャンペーンがこれに当たります。しかし、このアプローチには「莫大な建設費用(コスト)」がかかります。限られた予算で最大の効果を狙うには、慎重な計画とリスク管理が必要です。
大きな投資を伴う施策においては「この活動はどこのダムにつながっているのか?」 と問い直すことも新たな視点を与えてくれるかもしれません。
5. ダムのメンテナンス:価値の持続的な管理
ダムは一度作れば終わりではなく、時間の経過とともに水が減少することがあります。ブランディングでも同じで、時間と共に顧客の期待や市場環境が変化し、価値が減少することがあります。
このため、定期的な「ブランドコンディションリサーチ」が必要です。
例えば:
ブランド認知度の調査
顧客満足度の測定
競合環境の分析
こうしたメンテナンス活動を通じて、価値の流れを再調整し、必要に応じて新たな取り組みを加えていくことが求められます。
6. ダムの種類と戦略:マスターブランドからマルチブランドまで
ブランド戦略には様々な形があります。それをダムに例えると次のようになります:
マスターブランド戦略:一つの大きなダムに全ての水を貯める
例:Appleは「Apple」というブランドのもと、全製品を統一した価値観で提供しています。サブブランド戦略:大きなダムから枝分かれした水路を作り、別の地域に供給する
例:トヨタがレクサスというプレミアムブランドを展開しているケース。マルチブランド戦略:複数の独立したダムを持ち、それぞれ異なる地域や用途に水を供給する
例:P&Gのように多くのブランドを独立させて運営する形。
それぞれの戦略にはメリットとコストがあります。マルチブランドの場合、一つのダムが決壊しても他のダムに影響を及ぼしにくい反面、多くの水路を維持するためのコストがかさむ点が課題です。
7. 天候と市場環境
ダムの水量は天候によっても左右されます。同じように、ブランディングも市場環境やトレンドの影響を受けます。例えば、AI関連のプロダクトが「大雨・洪水状態」になっている今、企業ごとのダムには大量の水が流れ込みます。しかし、洪水状態では水があふれ、どのダムも似たような満水状態になるため、差別化にはつながりません。
こうした市場環境の変化にどう対応するかも、ブランド戦略の大きな課題です。
まとめ:ダム建設の全体像としてのブランディング
ダムを作るには、まず水資源そのものが豊富でなければなりません。つまり、営業・CS・プロダクト・PRといった各活動が、ブランド構築の基盤となりますし、存在しない価値は蓄積することができません。
私自身、ブランド担当者としての役割は「ダムの建設計画を描き、価値の流れを統合すること」に過ぎないと感じています。これ自体が自分にとっては大きなチャレンジですが、あくまでブランドを構築するのは会社全体の活動であるということです。
どのようなダムを作り、どのように水量と水質を測定し、どのように経路を統合するか。 まだまだ道半ばですが、これからも思考と実践を深めていきたいと思います。
